In the Mountain

考古学勉強日記
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 まだまだ
 2005年10月31日 (月) 00:05:35

堀之内貝塚に行ってきた
市川市三大貝塚の内の最も西に位置する馬蹄状貝塚
名前の示す通りに堀之内式の標式遺跡
今回は僕一人ではなくて大学のサークルの人達と
記事の方もメインは貝塚じゃなくてサークルで

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 ひよこ大会(10月) 「サケ・マス論」
 2005年10月25日 (火) 06:11:00

さあさあもう10月も終わりだからね、ひよこ大会の記事ですよ
10月のお題は「食」ということで、まず第一弾は「サケ・マス論」
山内清男が提唱して以来時には鵜呑みにされ、時にはほったらかし
そんな「サケ・マス論」についての記事です
図版資料がないのは悪しからずご勘弁を

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 サケ・マス論の展開
 2005年10月24日 (月) 01:11:40

今週の水曜日の発表は山内清男のサケ・マス論の提唱
そして山内以降のサケ・マス論の展開
および、それの検証をやろうかと思います

と、いうことで現時点での参考文献リストー
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 とりあえず
 2005年10月21日 (金) 01:52:45

当面の方向性およびやる事が決定
11月の頭くらいまでの具体的なもんが見えてきた

スケジュール的には結構しんどいものがあるけどね、頑張ろう、俺
これを乗り越えると11月後半はまた自由にスケジュール組めるしね

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 その向こうへ行こう
 2005年10月18日 (火) 00:16:42

考古学に強い大学って言ったって全時代全地域で強いわけじゃない
僕の大学は海外が有名で、日本では古墳時代に強い
逆に、僕の勉強している縄文時代はあまり勉強している学生がいない
と、すると研究室内での勉強会もないしサークルの方もあまり活発ではない
なので後期に入ってから勉強の場を外に求めている
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 整理作業
 2005年10月16日 (日) 00:01:13

僕は、言いたい!
声を高らかに、言いたい!
いんやいっそ小一時間問い詰めたい!

何故おまいらは整理作業に来ない?
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 晩期安行式の成立 レジュメ(仮)
 2005年10月11日 (火) 18:02:12

晩期安行式の成立

1.後晩期の定義
(1)後期
 ・所謂薄手式(大森式)が使われた時代
  ・磨消縄文をふんだんに使用することが特徴
(2)晩期
 ・亀ヶ岡式及びその並行型式の時代
  ・西では突帯文系土器群、関東では安行式系土器群

2.後期安行式
 Type-site:猿貝貝塚(埼玉県川口市大字安行)
       →真福寺貝塚(埼玉県岩槻市大字真福寺)
       ※実際には細分された型式によって標式遺跡は異なる
 (1)安行1式(岩井貝塚:千葉県を標式)
 (2)安行2式
  ・1式の伝統と、3a式への新形態
  ・粗製土器の文様構成は変わらず、器形が変化
   ・口頸部が外反せず、内方に傾く
   ・地に条線、口縁外側と頸部に刺突文を施した粘土紐や沈線文+刺突文
  ・精製土器には多くの点で変化が見られる
   ・口縁外側、口頸部の縄文の帯が一般化
   ・4を単位とする立体的な波状口縁
   ・瘤に截痕、圧痕がつく → 所謂 ”豚鼻状突起”

3.晩期安行式
 (1)安行3a式
  ・器形は変わらないが、文様構成変わる
   ・器面の条線が消え、沈線(+縄文)で肩から口縁にかけて文様帯が生まれる
  ・精製土器では帯縄文が一般化する
   ・口頸部の装飾の主体は軽快な磨消縄文が主体となる
  ・亀ヶ岡式の影響を受けて多くの器種で変化
   ・大洞B式の影響・搬入 = 関東地方も晩期突入
   ・入組文や三叉文が使用されるように
   ※弧線文を主体とした東北的でないものも依然使用される
 (2)安行3b式
   ※霞ヶ浦、利根川下流域の関東・・・姥山Ⅱ式
   ※奥東京湾、それ以西の西部関東・・・安行3b式
 (3)安行3c式 ※前浦1式が関東東部に並行
 (4)安行3d式 ※前浦2式が関東東部に並行
                           →  千網式・荒海式へと接続

4.小豆沢例の検討
 (1)学史における位置づけ
  ・“後期安行式土器様式である安行2式土器の直系と考えられるものではなく、むしろ東北地方からの影響下で成立していた瘤付文系の土器”(能登:1989) = 東北系の土器
  ・“山内氏は昭和5年の段階で、東北南部の後期末にある一群の土器型式に対して、亀ヶ岡式、安行式の「共通の母体」であると明言していた”(高橋:1989) = 関東系の土器
 (2)施紋原則による理解(大塚:1995)
  ・紋様帯の区画帯内の上下に接して描線の起点終点がある入組紋 → 大洞B式
  ・入組紋の描線が紋様帯の上下区画に接することなく横に連携する → 安行3a式
  ・関東的施紋原則に則る入組文系土器+後期安行式より続く帯縄文系土器
   = 晩期安行式の構造(※精製深鉢)
  ・小豆沢並行=横連携型入組紋+磨消弧線紋(+帯縄文) と定義
   雅楽谷sk5を安行2式、雅楽谷sk26を安行3a式と比定
(3)紋様の系統的変遷による3a式の端緒(鈴木:1987)
鈴木氏の研究の基本理念=三叉状入組文は安行3式の主要な文様構成

5.結
 晩期安行式の研究には面白い点が二点見られる。まず一つは未だ未解明な点が多いために土器編年の研究が非常に活発であること。またそれに応じて細別と大別といった土器型式研究の肝要なる部分の意味が問われ続けている分野であるとも言えよう。もう一つの点は新地式や大洞式といった東北の諸型式との関連が強い、つまり土器型式の変化から人・文化の流れを考えるには格好の題材である点である。今回は紙面・時間の都合もあり安行3a式を中心に発表を行ったが、安行1式から2式、3式へと至る中で具体的にどのように東北との交流が見られるのか。また東北へどのような影響をもたらしたのか。そして3a式の成立以降、なぜ姥山式や前浦式といった地方色の強い型式が生まれたのかなど研究の題材となる問題を多々残している。土器研究もまだまだ捨てたものじゃない

6.参考文献
飯塚博和 「安行2/3a式研究覚書」『縄文土器論集』1999
大塚達朗 「安行3a式土器型式構造論基礎考」『縄文時代』6 1995
加藤勝仁 「縄文時代後期の土器型式について」『早稲田大学考古学研究会縄文勉強会』1986
金子裕之 「安行式土器様式」『縄文土器大観』4 1989
鈴木加津子「安行3a式形成過程の一考察」『埼玉の考古学』1987
鈴木公雄 「関東地方晩期縄文文化の概観」『歴史教育』16-4 1968
高橋龍三郎「土器型式編年論 晩期」『縄文時代』1 1990
中沢道彦 「関東地方の縄文土器―晩期―」『早稲田大学考古学研究会縄文勉強会』1986
能登健  「晩期安行・前浦式土器様式」『縄文土器大観』4 1989
山内清男 「縄文土器系式の細別と大別」『先史考古学』1-1 1937
山内清男 「日本先史土器図譜」 1967
山内清男 「真福寺貝塚の再吟味」『ドルメン』3-12    

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 民族誌の援用に対する警鐘(1)
 2005年10月04日 (火) 02:40:50

日本の近代考古学、乃至学問としての考古学の端緒を僕は層位学と型式学の導入と捉えています
層位学といえば里浜貝塚の発掘を行った松本彦七郎が泰斗でしょうか
型式学は山内清男を筆頭に八幡一郎や甲野勇の業績もかかせません
縄文研究は山内の言葉に端的に表れているかもしれません
「型式は益々細分され、究極まで推し進むべきである」
以降、土器編年研究が学問の主流となり、それが現在見直されつつあります

それは何故か
そもそも考古学の目的とは一体なんでしょうか
「考古學は過去人類の物質遺物(に據り人類の過去)を研究するの學なり」
浜田耕作は著書『通論考古学』の中でこう述べています
また山内も『日本遠古之文化』において以下のように記述しています
「縄紋土器の文化の動態は、斯くの如くして―土器形式の細別、その年代、地方による編成、それに準拠した土器自身の変遷史、これによって排列されたあらゆる文化細目の年代的及び分布的編成、その吟味…などの順序と方面によって解明に赴くであらう」
我々考古学徒は、モノから社会や文化を復元することを目的としているはずである
また、その結果の一つに「縄紋土器の文化の動態」もあるのではなかろうか

しかし、型式学と層位学といった伝統的な考古学的手法では社会の復元が難しいこともある
そういった閉塞間の中で生まれてきたのが民族誌を利用する新考古学である
現在その先端にいるものの名前として安斎正人が挙げられるであろう


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 晩期安行式の成立(6)
 2005年10月02日 (日) 22:09:13

これ以上論文の手を広げるとのっぴきならないことになりそうなので、文献を整理
今のところ参考・引用図書全てごちゃまぜだけどね

飯塚博和「安行2/3a式覚書」『縄文土器論集』1999
大塚達朗「安行3a式土器型式構造論基礎講」『縄文時代』6 1995
大塚達朗「縄文晩期研究の一断章」『画竜点睛』1996
沖松伸隆「房総地域の安行3a式を中心とする三叉文・入組文系土器について」『考古学雑渉』1996
加藤勝仁「縄文時代後期の土器型式について」『早稲田大学考古学研究会 縄文時代勉強会』1986
金子裕之「安行式土器様式」『縄文土器大観』4 1989
金子裕之「晩期の土器 関東の土器」『縄文文化の研究』4 1981
沢井玄「利根川下流域を中心とした縄文時代晩期文化の検討」『早稲田大学考古学研究会 縄文時代勉強会』1986
鈴木加津子「安行3a式形成過程の一考察」『埼玉の考古学』1987
鈴木加津子「千葉市園生貝塚の晩期安行式土器」『利根川』9 1988
鈴木公雄「関東地方晩期縄文文化の概観」『歴史教育』1968 16-4
中沢道彦「関東地方の縄文土器 晩期」『早稲田大学考古学研究会 縄文時代勉強会』1986
能登健「晩期安行・前浦式土器様式」『縄文土器大観』4 1989
山内清男「日本先史土器図譜」1967
山村貴輝「山内型式学についての覚書」『画竜点睛』1996

よーし、ばりばり読んでくぞー

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 晩期安行式の成立(0)
 2005年10月02日 (日) 21:11:59

よし、堀之内とか夏休みに行った遺跡のレポートは全部すっとばす
もうね、休みのたんびにいろんなとこ行っててキリがないから
後期にも入ったしこれからは研究内容(=レポート)中心で

と、いうことで「晩期安行式の成立」
1.後晩期概要
2.後期安行式
3.晩期安行式
 ※2・3は山内氏の研究を中心に
4.小豆沢出土深鉢の検討
5.晩期安行式の系列について
6.参考文献

みたいな流れで作っていこうと思う

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