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考古学勉強日記
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 『縄文時代』
 2006年02月21日 (火) 20:42:33

レポートなりゼミ論なり卒論を書くなり、
何がしかの学術的文章を書くときには学史の整理が重要となる。
自分の研究や発表の学史における位置付け・価値、
研究の対象にはどのような問題が見られるのか。
そういった点で学史の整理ってのは欠かせないものだろう。
学史を整理するためには多くの文献を読む必要があることは言うまでもない。
しかし、触れねばならない文献が多すぎてどこから手をつけていいかわからない。
というのは学生にはよく見られることである。
実際、僕も近くも遠くも学史の整理は苦労している。
主に土器論について学んでいるので
甲野勇の『縄文土器のはなし』などは非常に参考になるところだが、
最近の研究動向については
縄文時代研究会が年に1回発行している『縄文時代』をよく参考にしている。
縄紋時代を中心に勉強しているので他の時代は不勉強だが、
やはり縄紋時代の考古学というのは日本考古学において
非常に大きな位置を占めているのだなぁ、と実感する。

現在土器論と墓制を並行して調べているので
『縄文時代』の抜き刷りがいくつかファイリングされているが、
その中にこんな言葉があった。

「墓については何とでも言える。」
墓についてと限定するとさすがに言い過ぎのようにも思えるが、
墓を精神世界と言い換えるとあながち間違いとも言えない気がする。
モノから行動を復元することのなんと難しいことだろう。
それ以上に、モノから心を復元することのなんと難しいことだろう。
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