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考古学勉強日記
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 曽谷貝塚
 2005年08月14日 (日) 20:30:21

8/2、曽谷貝塚に行ってきたよ

『概要』
市川市曽谷の早期後葉から後期末までの遺跡
(※貝塚を形成するのは中期末~後期末)
中央の窪地の周囲に馬蹄形貝塚を形成
長径は南北に約240m、東西に約210m
短径は南北に約210m、東西に約80m
国内最大の貝塚であると考えられる

『歴史』
1893:山崎直方らが調査
   →京葉の大貝塚に石器が少ないことを指摘
1935:大場磐雄が調査
   →埋葬人骨2体を得る
1937:山内清男が調査
   →曽谷式土器を層位的に検出
1950:東京大学人類学教室の発掘
   →竪穴住居跡や人骨を発見
1959:明治大学が地形測量と発掘
   →馬蹄形貝塚であることが判明
1962:明治大学が横断トレンチを調査
   →竪穴住居跡や人骨を発見
1965:千葉県教育委員会が調査
   →竪穴住居跡や人骨を発見
1974-77:市川市教育委員会による調査
     →1979に国史跡に指定

『雑感』
史跡指定されていない周辺の畑地にも貝が散布
東部・中央部に若干の宅地化が進んでる
教育関係のものは看板1つしかなかった
 →ただの空き地のような扱い

『付加』
胎児一体分の骨を収蔵する甕棺(堀之内Ⅰ式)
馬蹄形貝塚
・東葛台地に特有な凹地地形を利用した集落による
・長期的な居住によりブロック貝塚が発展
・集落によって捨て場を規定されたものではない
・開口部は生産の場(海etc)に直結する場ではなかった

『参考文献』
杉原荘介・戸沢充則 「市川市史」 1 1971
戸沢充則 『縄文時代研究事典』
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